こんにちは、あくまりーまんです^^
今日は聖飢魔Ⅱの解散後ミサがなぜ後期曲が多いのか考えてみました。
目次
聖飢魔Ⅱの曲はギタリスト作曲が多い
自分は解散後信者ですので、本活動時のミサについては活動絵巻教典やSNSなどの動画でしか知りません。
なのでミサでどんな曲をやってたかはその一部しかわかりません。
昔は結構こんな曲やってたよっていう情報あったら教えてくださいね。
さて、聖飢魔Ⅱにはデビュー前も含め沢山のギタリストがいます。その中でもメインは4名です。
聖飢魔Ⅱ信者にはエース宗とかルーク宗とか今でいう『推し』があります。とくにギタリストの好みは分かれますね。楽曲も閣下や他の構成員も作曲しますが、やはり必然的にギタリスト作曲が多いんですよね。
つまり何がいいたいかというと、殿下が作ってきた曲で聖飢魔Ⅱは世に出て、代官が悪魔の世界観を引き継ぎながらも、HR/HM好きを取り込み、長官が作った曲で意外性や新たな信者を勝ち取ってきました。しかしその2名がいなくなると、当然参謀曲が増えます。参謀はHM/HRよりももっと万人うけするかっこいい曲が得意なんですね。もちろん『恐怖のレストラン』や『鬼』などの怖い曲も作りますが。
2010年の再集結からは、ギタリストは参謀と代官の2名です。
在籍よりも離れていた期間の長い代官に、知らない曲をメインで弾かせるのは酷であり、反対に中期前半から解散後までずっといる参謀に自分の曲をメインで弾かせるのは当然です。
そもそも聖飢魔IIの後期っていつ?
初期とか後期ってどこで区切るのか。あくまりーまん主観で区切ります。※ここでは西暦で表記。
初期:デビュー前から第三大教典まで。ダミアン殿下とジェイル代官の作曲ばかり。(~1986年)
中期:ルーク参加から第十一教典まで。この期間はエース長官とルーク参謀の作曲が多い。時々デーモン閣下やライデン殿下も作曲。(~1994年)
後期:ソニーからの移籍後初教典となる第十二教典から解散まで。圧倒的にルーク曲が多くなる。(~1999年)
解散後:2005年~現在
後期はレコード会社移籍してからとさせてもらいました。また機会があれば教典のレビューはしたいなと思います。移籍後の楽曲はどちらかというとポップよりな楽曲が多くルーク楽曲が増えました。さすがに解散後のことは想定してないですが、結果として解散後はルークがメインギタリストにならざるを得ない状況でした。
ミサにおける選曲
大教典発布後のツアーでは、その発売したアルバムや新曲がメインの構成になります。そうではない時期は大きくわけるとこんな感じでしょう。
①聖飢魔IIとして欠かせない曲。もちろんやらない時もある。
例:蠟人形の館、地獄の皇太子、ELDORADOなど
②欠かせないとまでは行かないが定番になる曲。ヘビロテ。
例:1999、WINNER、FIREなど
③人気曲だけどローテーションでやる曲
④レア曲や新曲、カップリング曲
だいたいどのバンドもこんな感じかなと思います。①〜④をどういう配分でやるかは差があると思いますが。つまり、聖飢魔IIは解散前は元々③④の位置付けだった後期曲が①や②に入り込んでいることがあるんですね。例えばBRAND NEW SONGやMASQUERADEとかREVOLUTION HAS COMEなど。
とはいえ、実況録音盤大教典(ライブ音源のアルバムみたいなもの)では①と②が逆転してたりします。
これは単純に実況録音盤は解散後に沢山発布されているからでしょうね。
その記事はこちらから⇩
まとめ
・聖飢魔IIはギタリスト作曲が多い。
・後期はレコード会社移籍したためか、バンド自体の考えか、いろんな事情があってかルーク曲が多い。
・解散後はエース不参加、長らく脱退してたジェイルが戻ってきたこともあり、ルークが事実上メインギタリストに。解散前から定番曲なのはそのままとしても新しく定番曲にいれるのは必然的にルーク曲が多くなる。
・ジェイルが常時参加しているのでジェイル曲もヘビロテになってはいるがそもそもジェイル曲は母数が少ない。
そう言った理由で解散後は後期の曲が定番曲になってるんだと思いました。あくまでも僕の考えですので、他にもこういう考えがあるよという方はよかったらコメント欄やTwitterで教えて貰えると嬉しいです!
ご覧いただきありがとうございました。
過去記事も修正加筆してますのでよければご覧ください。
ではまた(‘◇’)ゞ